盃をきっかけに広がる手習い ― 五十路からの趣味と人の縁

お酒 と 思索

酒席では、まず差しさわりのない話題から会話が始まります。仕事の話がひと段落すると、自然と移っていくのが「趣味」の話です。初対面ではないものの、まだ距離のある相手との場では、この話題が思いのほか場を和らげてくれます。

「何かご趣味はありますか?」

この問いに、以前の私は少し困っていました。家族からは飽きやすい性分だと言われ続け、振り返っても長く続いた趣味らしい趣味が見当たりません。仕事や家庭を優先する日々の中で、興味を持っても深く入り込む前に時間が過ぎていく、そんな繰り返しでした。

五十歳を過ぎ、少しだけ時間に余裕が生まれたとき、あらためて趣味について考えるようになりました。何か一つでも、自分の中に積み重なるものがあれば、酒席での会話も少し変わるのではないか、そんな思いもありました。

ハーモニカ

最初に手にしたのはハーモニカでした。持ち運びがしやすく、場を選ばずに楽しめる楽器という印象がありました。小学生のころに触れた記憶もあり、どこか懐かしさも手伝って、自然と選んでいました。

ところが、ここで自分の悪い癖が出ます。何かを始めるとなると、まず道具にこだわってしまうのです。16穴のクロマチックハーモニカを購入し、少し触れてみたものの、音の位置が把握できない。次に10穴を購入し、こちらの方が分かりやすいと感じたものの、今度は演奏したい曲に対応していない。さらに12穴を検討したところで、家族からさすがに制止が入りました。

今思えば、楽器は増やせば上達するものではありません。それでも、新しいことに手を伸ばすときの高揚感は、何ものにも代えがたいものがあります。酒席でこうした失敗談を話すと、不思議と場が和むのもまた事実です。

トランペット

その後、しばらく間が空きましたが、娘が中学校で吹奏楽部に入り、トランペットを手にしたことが次のきっかけになりました。同じ楽器であれば、何か共有できる(会話がはずむ?)のではないかと考え、再び挑戦することにしました。

しかし、トランペットは予想以上に難しい楽器でした。音を出すこと自体に苦労し、数か月取り組んだものの、思うようにはいきませんでした。結果として、楽器は娘のもとへと渡ることになりました・・・。この経験もまた、今では一つの話題として残っています。

アルトサックス

そこで勧められたのがアルトサックスでした。楽器店で試奏してみると、確かに音は出しやすく、これなら続けられるかもしれないと感じました。今回は衝動的に購入するのではなく、教室にも通うことにしました。

月に数回のレッスンと年に一度の発表会。この緩やかな目標が、自分には合っていたように思います。仕事の都合や体調の問題で中断する時期もありましたが、その都度、少し間を置いて再開してきました。

この記事を書いてから五年が経ちますが、サックスは現在も続いています。上達しているかどうかはさておき、手元に残り、折に触れて音を出す存在になっていることは確かです。

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水墨画

一方で、水墨画にも取り組んだ時期がありました。通信教育で基礎を学び、いくつかの課題にも取り組みましたが、現在は筆を置いています。それでも、墨のにじみや余白の感覚は、どこか心に残っています。続かなかったことも含めて、自分の中に積み重なっているように感じます。

こうした経験を重ねるうちに、酒席での会話に少し変化が生まれました。以前のように言葉に詰まることは少なくなり、楽器の話、うまくいかなかった話、再開した話など、いくつかの引き出しを持てるようになりました。

特に、あまり親しくはない相手との席では、こうした断片的な経験が意外なほど役に立ちます。成功談よりも、むしろ試行錯誤の過程の方が共感を呼ぶことも多いように感じます。

人と人との距離

酒は、人と人との距離をわずかに近づける働きを持っています。その中で、趣味の話は一つのきっかけとなり、そこから思いがけない方向へ会話が広がっていきます。音楽の話が料理の話へ、さらに動物の話へと移っていくことも珍しくありません。

振り返れば、趣味は何かを極めるためだけのものではなく、人とつながるための一つの手段でもあったように思います。続いているものも、途中で手を離れたものも、いずれも酒席の中で息を吹き返し、言葉として立ち上がってきます。

このブログもまた、その延長にあります。書くことも一つの手習いとして、無理のない範囲で続いています。盃をきっかけに生まれた話題や気づきを、少しずつ言葉にしていく。その積み重ねが、思いがけず人との縁につながっていくこともあります。

五十路からの手習いは、決して一直線ではありません。休みながら、時に戻りながら、それでもどこかでつながり続けている。そうした歩み方も一つの楽しみ方なのだと思います。

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