はじめに|なぜ純米酒なのか
上原浩氏の著書『純米酒を極める』(光文社新書)という一冊があります。
東北地方に住んでいた頃、日本酒に凝っていた時期に出会った本です。
ビール、焼酎、ワイン、ウイスキー
これらのお酒の原材料表示を見ても、「醸造用アルコール」と書かれているものはほとんどありません。
ところが、日本酒だけは、当たり前のように醸造用アルコールが添加されている商品が多く存在します。
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本来、日本酒は「米と水」だけで造られるお酒です
それなのに、なぜ多くの日本酒にアルコールが添加されているのか——
この疑問が、純米酒への関心の出発点でした
アルコール添加の歴史
日本酒の起源は、農耕の始まりとほぼ同時期とされています
現在につながる酒造技術の基礎が整ったのは江戸時代後期です
アルコール添加が始まったのは1943年頃
戦時中から戦後にかけての深刻な米不足の時代でした
酒は疲弊した社会を支える嗜好品であり、同時に酒税として国の重要な財源でもありました
限られた米で大量に酒を造るため、アルコール添加は「苦肉の策」として採用されます。
現在でも添加が続いている理由は、「造りやすく大量生産できる」という側面が大きいようです。
ただし、すべてが省力化目的ではなく、吟醸酒では香りを引き立てるために少量添加される場合もあります。
一方で、出所の分からない蒸留アルコールが含まれる酒は、
燗にするといわゆるエタノール臭が立ちやすく、悪酔いの原因になるとも言われています。
※燗酒とは、およそ30〜55℃に温めた日本酒を指します。
純米酒とは何か
純米酒とは、
- 醸造用アルコールを添加しない
- 米・水・麹のみで造られる
- 麹米使用割合15%以上
- 使用米が農産物検査法で3等以上
という条件を満たした日本酒です。
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純米酒は、ほぼ完全発酵させた醪(もろみ)を搾るため、
余計な成分が少なく、糖分が切れたすっきりした味わいになります
醸造アルコールに関しては、ビール、焼酎、ワイン、ウイスキーとどのお酒にも添加されていません。日本酒だけが特殊な位置づけであったことがわかります。
さらに、手間ひまをかけた純米酒は、
燗にすると米の香りが立ち上り、田園風景が脳裏に浮かぶような深みを感じさせてくれます。
全量純米酒への転換|神亀酒造の話
1987年、埼玉県蓮田市の神亀酒造は、
日本で初めて全量純米酒蔵へと舵を切りました。
上原氏の著書によると、当初はまったく売れなかったそうです。
しかし、その「売れ残り」が長期熟成され、
結果的に貴重な古酒の誕生につながったという逸話があります。
私自身も埼玉県に在住時代、神亀酒造直営店で20年物の古酒を購入しました
グラスに注ぐとき、手が震えたのを覚えています
味わいには、確かに「時間」が流れていました
冷酒と燗酒|味と香りの違い
指先が冷たいと感覚が鈍くなるように、
味覚も温度によって大きく変化します。
ぬるいコーラが甘すぎて飲めないのに、
冷たいコーラは美味しく感じるのと同じ理屈です
日本酒は繊細な飲み物です。
ぬる燗(42℃前後)は、味と香りのバランスが最も感じやすい温度と言われます
アルコール添加酒は、冷やしている間は違和感が出にくいものの、
燗にすると香りの粗さが目立つことがあります
一方、純米酒は温めることで、
コハク酸やアミノ酸といったうま味成分がより心地よく感じられます
適度な旨味成分は、派手さはありませんが、繰り返し飲みたくなる感覚です
愛読書である菜根譚では、この丁度良い感覚を尊んでいます
👉 前集029 両極端はダメ、中庸を得ることに配慮する
身体への吸収と「酔い方」
アルコールは体温に近づかないと胃から吸収されにくい性質があります。
冷酒は最初なかなか酔わず、
つい飲み過ぎてしまい、後半で一気に酔いが回ることがあります
燗酒は吸収が穏やかで、
少量でもじんわりと身体が温まり、「ほろ酔い」の時間が長く続きます
結果として、飲酒量が自然と減ることも少なくありません
純米酒という選択
上原浩氏は、香りを楽しむ吟醸酒であっても「燗」を勧めていました
私もその教えに従い、純米酒や純米吟醸酒を温めて楽しむことがあります
冷酒とはまったく違う表情を見せる純米酒
秋口、少し涼しくなった夜に、ぜひ一度試してみてください
日本酒の生き字引 ~上原浩さん~
上原浩さんは、日本酒の生き字引のような有名な方だったそうです
純米酒は、冷酒でも、ぬる燗でも、美味しく頂けますが、特にぬる燗は身体への吸収が優しく勧められています
2006年に永眠されております。御存命であれば、蘊蓄を聞きながら純米酒を楽しみたかったです。最近は、この書を横に時々純米酒の燗をいただいております。
参考
上原浩. 純米酒を極める. 光文社新書 2002年

