世界最古のお酒は、紀元前8000年ころのワイン(ブドウ系の果実を発酵させたお酒)と言われています。日本におけるお酒・日本酒の始まりは、稲作が定着する弥生時代(紀元250年まで)以降ではないかとされています。
ワインを含めて当初は、石の穴、樹の窪みなどで、山ぶどうやキイチゴなどの果実が熟成・発酵して偶然お酒が完成したのではないかと想像されています。一般的にはその国の酒の原料はその国民の主食と一致することが多いとされています。米の生産が定着すると、米での発酵が盛んとなり、日本酒の原型ができたと思われます。
古墳時代(239-593)「お酒」の記載
日本におけるお酒については、文章としては紀元280年ころに記載された「魏志倭人伝」に日本人がお酒を嗜むという記載があります。これが米からできたお酒かどうかはわかっていません。粟が主食であったと考えられていることから、粟のお酒だったのかもしれません。
「古事記」や「日本書記」によると、4世紀初頭(5世紀初頭という解釈もあります)の応神天皇時代に中国から百済を経て酒造技術が伝えられたと記載があります。
お酒の醸造期間は短く、アルコール度数は低めだったと予測されます。発酵期間が短く、糖質の残存が多いため、甘口だったのでしょう。そうなると保存期間が現代のお酒に比較して短い可能性があります。この辺りは、記録がないため、個人の想像の域を出ません。
飛鳥時代(593-710)酒造技術が伝わる
飛鳥時代以降に組織だった醸造が始まったと考えられます。
古事記には「八塩折之酒(やしおりのさけ)」の記載があります。スサノオノミコトがヤマタノオロチ(大蛇)を退治したときに、オロチに飲ませたアルコール度数の高いお酒です。8回醸造しています。貴醸酒は、仕込み水の代わりに日本酒を使って造られる、アルコール度数の高い日本酒で、2回醸造したことになります。とってもコクがあって美味しいです。8回醸造した「八塩折之酒」の味は、大蛇ではありませんが、味ってみたいです。
飛鳥浄御原律令(689年)において、酒部(朝廷における酒造りを行う組織)が設置されました。天皇の宴席や神事に使用される酒を確保・管理する体制が強化されたと考えられています。
奈良時代(710-794)「にごり酒」
713年以降の「大隈国風土記」には「口噛み酒」が出てきます。加熱した米を口の中でよく噛み、唾液に含まれる酵素で糖化し、野生酵母で発酵をさせます。口噛みの作業は、初期は神社の巫女が行い、神様のために造られたが、その後一般的な庶民の間でも広がったようです。
8世紀中~後半に編纂された「万葉集」に、大伴旅人がにごり酒を歌の中に読んでいます。ザルか布で軽く濾過したにごり酒を飲んでいたようです。
大宰帥大伴卿の酒を讃むるの歌十三首
験(しるし)なき物を思はずは一坏(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるらし
考えても仕方ない物思い(悲しい思い)をしないで、一杯の濁り洒を飲むのがよいらしい
奈良時代は、朝廷での醸造が始まりでしたが、徐々に、寺院、神社での生産が増えました。しかしながら、限られた身分の高い人々の飲み物でした。
平安時代(794-1185)「日本酒」の始まり
現代と大きく変わらない日本酒ができてきたのは平安時代初期の法律集「延喜式」のころとされており、この中に複数の穀物を使ったお酒の製造法が記載されています(かなり類似点が多いですが)。
精米して、麹室で麹を製造して、と記載があり、現在の製造法とほぼ同じ過程での作り方のようです。発酵の期間は10日ほどのみで薄い(アルコール度数の低い)お酒であったと思われます。
👉 日本酒の製造過程
平安初期は朝廷の役所である造酒司が中心に醸造していましたが、次第にその技術は民間に広がります。平安時代終わりころには、民間での醸造が増えてきて、庶民の飲み物として広がります。
鎌倉時代(1185頃-1336)商用として展開
鎌倉時代には、貨幣制度が発達し、お酒や米も商用として発展しました。自家製のお酒を少しいただく時代から、商用のお酒に変化してきます。大型の甕で醸造するようになります。
室町時代には京都の造り酒屋が発展します。「火入れ」の技術が発達し、ある程度の期間保存が可能となりました。
「金剛寺文書」によると寺院で酒造りが行われていました。
室町時代(1336-1568頃)本格的な酒造り
室町時代初期に記された、現存する日本最初の民間の酒造技術書である「御酒之日記」には、乳酸菌発酵の応用や木炭による濾過についての記載がされています。
奈良の興福寺の僧侶たちが記した日記である「多聞院日記」(1478~1618年)にも、「三段仕込み」の手法、火入れ、乳酸菌発酵など、この時代の酒造りについて記されています。
京都の市内には小規模な酒屋が数百件も生まれ、年中酒造りが行われました。同時期に奈良などの寺院で造る僧坊酒の技術が発展していきます。この僧坊酒の質は良いもので、各地の大寺院は大きな財産を築くことができました。
戦国時代には寺院勢力が衰退し、僧坊酒も衰退します。一方で、蒸留法の発達により焼酎の製造がはじまります。
江戸時代(1600-1868)寒造りが定着
300年の鎖国という環境で、日本酒醸造は日本民族特有の文化として発展します。池田、伊丹、灘と、当時の酒造の主導的な立場である酒蔵集団が「寒造り」を完成させます。江戸中期にはほぼ現在と同じ醸造方法が確立します。
江戸時代までの日本酒は、糖分を十分に発酵されることはせず、かなり甘口の濃いお酒であったとされています。江戸時代末期に十分発酵させるようになり、現在の辛口に相当する日本酒になりました。
👉 日本酒度と甘口・辛口の定義
醸造時期については、元々はいろいろな時期に醸造していた日本酒ですが、晩秋から春の寒い時期に醸造するお酒が一番優れていることが江戸時代末期に確立されてきます。初秋からの酒造りは雑菌汚染が生じやすく、酸敗が多かったようです。
参考書
「延喜式」
坂口謹一郎. 日本の酒、岩波書店 2007
新潟大学日本酒学センター. 日本酒学講義、2022
誰かと深くお話をするときは、その人がどんな人生を歩んできたかによって、話す順番や内容が変わります。お酒と深くかかわるときは、そのお酒がどんな経緯で目の前に現れてきているのかを知ることは必須ではないかと考えます。
背景を知れば知るほど、そのお酒が醸し出す味や香りの意味を理解することができます。日本酒の歴史はお酒の歩みを知る一歩です。参考になれば、幸いです!

