「寝つきを良くするために少量の飲酒をする」
この習慣は、古くから広く受け入れられてきました。実際にアルコールには中枢神経抑制作用があり、入眠を促進する側面があります。しかしながら、その効果を科学的に見ていくと、必ずしも「良い睡眠」とは言い難い側面が見えてきます。
アルコールと脳の関係については、より広い視点でこちらでも考察しています
👉 なぜ人は酒を飲むのか ― 脳と文化から考えるアルコール
アルコールの作用:GABAと報酬系
アルコールは、抑制性神経伝達物質であるGABA(γ-アミノ酪酸)の作用を増強する、いわゆるGABA作動性の作用を持ちます。このため神経活動が抑制され、入眠しやすくなるという現象が起こります。
一方で、アルコールは同時にドパミンを介した報酬系も賦活します。これは「気分が良くなる」「ほっとする」といった主観的な感覚の背景にある機序です。
しかしこの報酬系の活性化は、覚醒系の側面も併せ持ちます。すなわち、抑制と覚醒が同時に存在する状態となり、純粋な意味での自然な睡眠導入とは異なる可能性があります。結果として、「眠れた気がするが、質は高くない」という状態が生じ得ます。
脳波から見た「眠りの質」
睡眠の質を評価するうえで、脳波は重要な指標となります。一般に深い睡眠(徐波睡眠)では、ゆっくりとした大きな振幅の徐波が出現します。
ところが、GABA作動性の薬剤(ベンゾジアゼピン系など)を使用した場合、脳波上は速波成分の増加が認められることが知られています。これは見かけ上は睡眠状態であっても、生理的な深睡眠とは異なる状態であることを示唆します。
アルコールも同様にGABA作動性の作用を有するため、入眠は促進されても、徐波睡眠が十分に得られにくい可能性があります。さらに、アルコール代謝の過程で交感神経が活性化し、夜間後半の中途覚醒が増加することも報告されています。
実体験から見える「夜間覚醒」の一面
実際の経験として、深酒をした夜に、まだ体内にアルコールが残っている感覚があるにもかかわらず、動悸とともに目が覚めたことがあります。これは、アルコール代謝の過程で交感神経系が賦活された結果と考えられます。
入眠時には鎮静的に働いていたアルコールが、時間の経過とともに逆に覚醒系へと作用を転じる――この二相性の影響は、体験としても理解しやすい現象です。
飲酒後の夜間覚醒や神経症状については、実体験としてまとめた記事はこちら
👉(飲酒後)睡眠中の手のしびれ…原因は手根管症候群だった話
「寝酒」はなぜ習慣化しやすいのか
近年、睡眠薬の選択においてはベンゾジアゼピン系薬剤の使用は控えられる傾向にあります。その理由の一つが「依存形成」です。
アルコールも同様に、報酬系を介して習慣化・依存形成を引き起こす可能性があります。
「寝つきが良くなる」という体験は強い学習効果を持ち、繰り返し使用されることで耐性が形成され、同じ効果を得るために量が増加していきます。
結果として、
・飲まないと眠れない
・夜間覚醒が増える
・日中の眠気が強くなる
といった悪循環に陥ることがあります。
養命酒にみるアルコールの位置づけ
一時期、養命酒を規定量で継続して飲んでいたことがありますが、その期間は比較的よく眠れた印象があります。一方で、使用を中止した後も依存的な状態には至りませんでした。
この経験からは、養命酒の作用は単純なアルコールの効果だけでは説明しきれず、生薬成分を含めた複合的な作用が関与している可能性が示唆されます。アルコール単独の影響とは切り分けて考える必要がありそうです。純粋にアルコール量が少なかっただけかもしれませんが。
飲酒が身体に与える影響については、痛風との関係も興味深いテーマです
👉 飲酒と痛風発作 ~高尿酸血症と共に生きる~
まとめ
アルコールは確かに入眠を促進する側面を持ちます。しかしその背景には、
・GABA作動性による抑制作用
・ドパミン報酬系の賦活
という相反する作用が同時に存在しています。
さらに脳波学的には、自然な深睡眠とは異なる状態を生じうること、夜間後半の覚醒を増やすこと、依存形成のリスクがあることなどを考慮すると、「睡眠薬代わりの飲酒」は慎重に考えるべき習慣といえます。
特に、睡眠前の飲酒は依存症形成に近づく行動となりうるため、習慣化には注意が必要です。
「よく眠る」ためには、単に入眠のしやすさだけでなく、睡眠の構造そのものを整えることが重要であり、アルコールはその点で必ずしも理想的な手段ではないのかもしれません。
参考文献
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